2008年12月19日

◆長崎台場・四郎ケ島探訪その4







台場址をさらに進むと、井戸があり底には今でも水があります。周囲は、強固な石垣で囲まれています。
海岸近くには、石切の址も残ります。今回の探訪で、改めて当時の佐賀藩の台場建設の見事さを認識しました。

(※注意・・・現在、四郎ケ島は私有地なので、無許可の立入りは、ご遠慮ください。)   
Posted by 吉松 潤二 at 10:20Comments(0)TrackBack(0)長崎台場・四郎ケ島

2008年12月18日

◆長崎台場・四郎ケ島探訪その3









四郎ケ島中央には、トンネル構造の城郭も現存します。このトンネルを抜けると、大砲を設置した台場があります。
トンネルの中は、崩落しかけていて少し危険な場所でもあります。

(※注意・・・このトンネル及び四郎ケ島の海岸は、崩落の危険がありますので立ち入りは、ご遠慮ください)  
Posted by 吉松 潤二 at 14:45Comments(0)TrackBack(0)長崎台場・四郎ケ島

2008年12月17日

◆長崎台場・四郎ケ島探訪その2









神ノ島と四郎島は、長崎湾の入口にあって佐賀藩の台場建設以前は海に浮かぶ小島でした。
これを台場とするために、佐賀藩十代藩主・鍋島直正は巨費を投じて、陸続きにしたのでした。
石垣や台場址を見ると、まさに城郭のように要塞を造る技術が生かされています。   
Posted by 吉松 潤二 at 17:19Comments(0)TrackBack(0)長崎台場・四郎ケ島

2008年12月17日

◆長崎台場・四郎ケ島探訪その1









佐賀藩は、嘉永4年(1851)長崎警備の為、四郎島に大砲を設置する台場建設に着工します。外国船の侵入を長崎湾口で阻止する計画です。
まず、神ノ島と四郎島の間220メートルを堤防で結ぶ護岸工事に乗り出します。潮流が強く、捨て石が流され苦心の結果、木枠に石を詰めて沈めると流れないことを発見しました。さらに四郎島を切り開いて石垣を築きました。
現地には、今でも石垣や階段、さらには石切場などが残ります。

(※注意・・・現在、四郎島は私有地なので、無許可の立入りは、ご遠慮ください。)

  
Posted by 吉松 潤二 at 15:47Comments(0)TrackBack(0)長崎台場・四郎ケ島

2008年12月17日

◆長崎街道・向井去来の芒塚句碑







日見峠を越える道中に、向井去来の句碑が建っています。この芒塚句碑は、天明4年(1784)に長崎の俳人達が建立しました。

向井去来は、江戸時代前期の俳諧師で蕉門十哲の一人と云われます。肥前国(長崎市興善町)生まれで、芭蕉に入門し、京都に移り住み、芭蕉と師弟関係の親密さを深めました。   
Posted by 吉松 潤二 at 14:33Comments(0)TrackBack(0)長崎街道そぞろ歩き

2008年12月16日

◆長崎街道・梨子の茶屋









蛍茶屋を出て日見峠に向ってつづら折の道を進むと、梨子の木茶屋址に辿り着きます。
現在は、すぐ横に国道が走り日見トンネルがあります。ここから急坂になり、第一の難所である日見峠越えになります。  
Posted by 吉松 潤二 at 23:01Comments(0)TrackBack(0)長崎街道そぞろ歩き

2008年12月16日

◆長崎街道・蛍茶屋







かつて、長崎街道・出発地の歓送迎処としてここに茶屋がありました。一の瀬口に架かる一の瀬橋付近は、蛍の名所であったようです。
今は、長崎電鉄の出発地として橋の奥に車両基地もあります。  
Posted by 吉松 潤二 at 18:47Comments(0)TrackBack(0)長崎街道そぞろ歩き

2008年12月16日

◆長崎街道・桜馬場天満宮







文政9年(1826)1月9日早朝、シーボールト一行約60名は、江戸へ向け長崎出島を出発しました。
そして、ここ桜馬場天満宮で安全祈願を行いました。行程は往復に106日を費やし、将軍家拝謁の江戸滞在37日の143日間の長旅でした。  
Posted by 吉松 潤二 at 18:19Comments(0)TrackBack(0)長崎街道そぞろ歩き

2008年12月15日

◆長崎街道・ここに始まる







長崎奉行所東から始まる、いわゆる長崎街道の出発点です。江戸時代には、長崎奉行やシーボルトらも歩いて小倉へ向かったと伝わります。

現在では、「シーボルト通り」と呼ばれる商店街になっています。  
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2008年09月01日

◆アームストロング砲

アーカイブス佐賀 ← 詳しい歴史探訪は、こちらをご覧下さい。



佐賀藩は、慶応2年(1866年)、当時の最新兵器であるアームストロング砲をほぼ自力で完成させ、藩の洋式軍に配備しました。

また、四斤砲の製造と実用化に成功し、後に品川台場に施された砲台にも設置されました。この砲も、佐嘉神社入口横に展示してあります。  
Posted by 吉松 潤二 at 22:41Comments(0)TrackBack(0)歴史探訪

2008年08月29日

◆歴史探訪ツアー

歴史探訪ツアー肥前国の隠れた歴史を探訪するツアーを、いろいろなコースでご用意しています。

五國二島の太守・龍造寺隆信」ツアー:← 詳しい内容は、こちらでご覧いただけます。





英傑・佐賀の七賢人」ツアー:← 詳しい内容は、こちらでご覧いただけます。




  
Posted by 吉松 潤二 at 18:56Comments(0)TrackBack(0)歴史探訪

2008年08月29日

◆ようこそ、「アーカイブス佐賀」へ

アーカイブス佐賀」←ホームページ









  
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